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DATE: CATEGORY:生育暦
タケルは手先が不器用でした。
中学校に入学した当初は、ハサミの使い方もぎこちなく、塗り絵をすると色がはみ出してしまいます。
また、靴の紐を結ぶのも苦手でした。
紐を結ぶという場面は日常生活でかなりあります。
そこで、先生方にお願いして教えてもらいました。
養護学校は、社会に出て自立できるような訓練を重視しているので、こういうお願いはとてもしやすいのです。
そうしたら、家でいくら教えても出来なかった紐結びをタケルはあっさりとマスターしました。家での教え方がまずかったのですね。
それからほどなく、塗り絵やハサミもマスターしてしまいました。
これは、お友達の誕生会などでいろいろ作るため、経験値が上がったこと、先生が付いていてやりやすい教え方や持ち方などを指導してくれたからだと思います。
給食の配膳方法は、口頭で指導するだけでなく、やり方を絵で示した紙を貼っておいたら、それを見て配膳するようになり、とても上手になりました。家でも味噌汁やご飯をこぼさずに盛れるようになりました。

ひとつのことができるようになると自信がつきます。そして、次のことに挑戦してみようという気持ちが生まれます。
タケルの場合、それがよい方向に作用してとても成長した1年間となりました。
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4月になり、タケル待望の養護学校への入学です。
クラスのメンバーは8人。先生は5人いて、そのうち1人の先生が担当(窓口)になります。
入学式ではみんな緊張していて表情も硬く動作もぎこちない感じでしたが、1か月後の参観日ではみんな新しい生活に慣れて、とてもよい表情で生き生きと活動をしていました。
夏にはキャンプがあり、そこではそれぞれに役割分担をして頑張ったようです。写真を見ると、教室では笑顔の少ない子もとってもよい笑顔を見せています。
遠足では、身体障害のない子どもたちはかなりの距離を歩きます。帰りのバスでは熟睡していたタケルです。
校外活動では、カラオケに行ったり、外食をしたり、近くのお店で買い物をしたり、図書館に出かけたりなど楽しい思い出がたくさんできました。
1年間のメインイベントともいえる学園祭では、大型のロボットを先生やお友達に手伝ってもらいながら完成させ大満足のタケルでした。
地元の中学生や高校生との交流もとても楽しみにしていて、新しいお友達もできたようです。
タケルのクラスのバザーも好評で売り上げの収益金は、温泉&外食の資金として活用できました。
学園祭には卒業生たちも大勢来ていて、みんなとってもハイテンション。この学校が本当に好きだったんだなあと感じさせられました。
最終日の学園祭の振り返りでは、スクリーンに映し出されるみんなの頑張った姿に見入る子どもたち。騒ぐ子もなく静かに見入っている姿がとても印象的でした。

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小学校を卒業した後のことについては悩みましたし迷いました。
タケルは身辺自立もできているし、多動傾向はなく集団行動も問題なくできます。
通常だったら地元の中学校に通わせて高等部から養護学校に入学するケースでしょう。
でも、小学校時代のタケルを見ていて、なんとなく「居場所」がない場面があるような感じがありました。表立ったいじめなどはありませんでしたが、現学級の同級生を「冷たい」と言うことも何回かあったのでした。同級生たちとの会話や行動についていききれていない自分がもどかしい場面もあったのではないかと思います。
また、タケルと似たようなタイプの先輩のS子ちゃん(現在は社会人)の中学時代に現学級の同級生との交流はほとんどなく、給食も通級の教室で食べていて寂しい思いをしていたと聞かされました。S子ちゃんの希望を学校側に伝えて、現学級で給食を食べることができたのは中学校3年生になっていました。いざ一緒に給食を食べてもほとんど会話をしたことのないお友達と話は続かず、S子ちゃんは結局元通り自律学級で給食をとることになったそうです。

とりあえずは養護学校の見学から行動を開始しました。
高等部から養護学校に入学したS子ちゃん母のすすめもあって、学校見学や学園祭を見せてもらい学校の雰囲気をつかみもうとしました。
それから、タケルの小学校の担当の先生を通して、本人を連れて学校見学をしました。この時は夫にも同行してもらいました。子どもの大切な場面には可能な限り父親も立ち会ったほうがいいと考えたからです。
タケルはそこで生き生きとしている仲間たちを見てとても嬉しそうにしていました。
その後体験入学を経て、本人の意思を確認すると「ぼくは○○養護学校に行きたい。」とハッキリ言いました。
それからのタケルはとても嬉しそうで、会う人ごとに「ぼくは○○養護学校に行くんだよ。」と話していました。
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タケルは地元の小学校に入学しました。こちらからお願いして自律学級への通級が決まりました。
私は健常児と一緒に行動することで刺激を受けて発達が促されると考えていました。低学年のうちは確かにそうでした。
でも、高学年になってくると周りの他の子供さんたちとの差が大きく開いてきて、タケルにとって苦痛を感じる場面が多くなってきているようでした。
低学年のうちは国語と算数の時間だけ通級していましたが、小学校5年生からは理科や社会も自律学級で勉強するようにしました。参観日に行ったとき、歩き回ったり騒いだりはしないものの、授業中に大きなあくびを繰り返したり鉛筆を床に落としてしまっては拾い上げたりすることを繰り返しているタケルを見たからです。
理解できない話を聞かなくてはならないのは、大人にとっても苦痛です。「みんなと一緒に」ばかりが子どものためになるわけではないのだとその時私は思いました。

ところで、自律学級の担当の先生は6年間で6人です。タケルの入学当時は自律学級に通級していたのはタケルだけでした。そのためなのか、低学年のうちは産休・育休明けの先生が担当することが多かったのでした。当然、子どもさんが熱を出したといって休むことが多かったですし、育休明けしばらくすると、次の子を妊娠して産休に入るのです。こういう先生が2人もいたのは本当にビックリでした。
先生方はタケルをよく見て指導してくださいましたが、産休・育休を繰り返されるのは子どもを不安定にします。慣れた頃に担当の先生が変わるのですから。
けれども、5年生・6年生の大切な時期にはベテランの先生が担当になってくれたのはせめてもの幸いでした。この先生は教え方がとても上手でしたし、障害児専門の先生ではなかったので「障害児とはこういうものだ」といった変な思い込みがなく、算数の計算なども熱心に指導してくれました。
そのお陰でタケルは集中力がめざましくついて勉強好きになってくれたのは本当にありがたいことでした。

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発達のおくれがあったり、すこしゆっくりめだったりする子どもさん(の養育者)は、ST・OTなどの訓練を受けることを選択するケースが多いかと思います。
この訓練は、器質的な障害が医師あるいは専門家によって認められる場合は有効ですし、必須なもの、といえるものだと思います。
では、そうではないこどもの場合はどうか、というと、私にはよくわかりません。
「障害は個性だ」という言い方が一時流行っていましたが、このフレーズは私にとっては、「芸術は爆発だ!」という岡本太郎氏のことば以上に謎めいた課題多いものでした。
たとえば、「ダウン症」の人たちはよく似た顔立ちや体型です。ですが、みなちがった個性を持つ一人の人間です。知的障害者然り。自閉症然り。障害とパーソナリティーとはまったくの別物です。
ところで、訓練でその効果を期待するのはやる気の薄いこどもを進学塾に通わせるよりは、はるかに効率的であり効果的である、とは言えます、多くの場合。
けれども訓練とはいえ、対人間の世界ですから、「相性」というものは存在します。これは、訓練する立場の先生の資質とは必ずしも相関関係はない、かもしれません。
そして、訓練を受ける側のこどもの個性もその成果に影響を及ぼすのではないかと、タケルの様子を見ていて感じました。
それは、積極的で好奇心に満ちたこどもには訓練は有効ですが、怖がりのこどもにとってはどう受け止められるのだろうか、ということです。怖がっているこどもには、少し待ってからゆっくりと訓練を開始するといった配慮や、ある時には訓練を休む(止める)という配慮も必要なのではなのかもしれません。

また、「孟母三遷の教え」にならって、こどもに合わないと感じられた先生や、場所は変えてみる、という選択もあります。
あくまでも、感情や都合に押し流れされず、冷静に判断した上での選択、となりますけれど。
パートナー(こどもの父親、夫など)のいる方は、その人の意見を聞いてみるのもかなり大切ではないかと思います。
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